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仕事休んでうつ地獄から帰りつつある

元日テレアナの丸岡いずみさん「仕事休んでうつ地獄に行ってきた」読了。


仕事休んでうつ地獄に行ってきた仕事休んでうつ地獄に行ってきた
(2013/09/20)
丸岡 いずみ

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「ああ、わかるわかる」と思いながら一気読み。
私も彼女と同じで典型的な「食べられない」「眠れない」状態に陥っていたもので。
物の味がわからないというのも私と全く同じ。
(結局、「おいしい」という感覚がなくなるので、何も食いたくなくなるのです。当時は「これは栄養だ!栄養!」と思い、点滴感覚で食事を無理やり摂取していました)

そうか、そうか、私はどこかで「奇跡の38歳」と赤い糸でつながっていたのか。
それはそれで光栄なのだが、残念ながら彼女はすでに結婚してしまったのであった。
くそっ、別れねえかなあ(相変わらず性格悪い)。

ただ、私の場合は「心の風邪」程度の段階で「薬物治療+休養治療」に入ったので、入院とかそういった状況に追い込まれなかったのは幸いです。


でもって、症状が改善されていくにつれて、不思議なことを思うのである。

仕事をしているときは、あれだけ苦痛だ苦痛だと思っていた仕事が、突然パタッとなくなると、「仕事したい病」にかかってくるのである。
もちろん、世間体的に「昼間からブラブラして、のんきに水泳教室に通ったり、体育館で遊んでいたりする」という背徳感もあるわけだが、それとは違う純粋な「働きたい」という衝動がふつふつと沸いてくる。
「俺様に何もさせないというのは、大いなる社会的損失なのではないか」と、傲慢な考えもふっと沸いてくるぐらいの変わりようだ。
一体どうなっているんだ?

当初の予定では、テキトーに仕事探しながら、2月は沖縄に行ってプロ野球のキャンプを見に行こう。
そんでもって、3月はのんきに暖かいところを自転車旅行して、4月ぐらいから働いてやってもいいかなぐらいに考えていた。

だって、こんな長期の休みなんて、今しかないわけだからね。
有意義に使わんとね。

「でも、それってホントに有意義?」と、今になっては思う。
別にこんなことをするのは、今でなくてもいいんじゃないかなあ。

プロ野球キャンプなんて、所詮練習だし、私の性格からして2日も滞在したら飽きるだろう。
自転車旅行も、週に1度の「非日常」を味わうにはいいのだろうが、それが数週間や数ヶ月単位となると、自転車旅行が仕事と同じ「日常」になってしまい、本来の旅の目的である「非日常への逃避」という目的から離れてしまう。
私は別に世界一周自転車旅行をしようとか、日本全国津々浦々あてもなく自転車でさまよいたいという願望も、昔はあったが、正直、今は薄れている。

以前3泊4日の自転車旅を敢行したことがあったが、最後の方は、はっきり言ってただの苦行であった。
せいぜい、今の私の集中力では2泊3日ぐらいが限界なのではないかと。
(自転車がない旅行でも、私は3日目ぐらいから飽きてくる。観光とか買い物とか、そういうものに興味がないものでね)

なんか、こうしてダラダラしている時間がもったいなくてだねえ。
こういう駄文を書いている時間ももったいない。
ああ、もったいない。もったいない。
出てきやがれ、もったいないお化け。
うりゃー。

と、このままの生活をダラダラ続けていると、11月当初とは違った意味で、頭が爆発するんじゃないかしらん。
などと思ったところで、予期せぬところで予期せぬ頼まれごとがあった。

大雪の岩見沢、駐車場の雪をほったらかしにするのはマズイのではないかと思いつつ、久々に「労働」の場に向かった。
雇用保険を受けている身分ですので、いいえ、お金は一銭もいただきません。

仕事は誰でもできるような単純作業だ。
それでも、私は思った。

「働くって、実は楽しいのではないか」

と。

ああ、いいなあ、この活気あふれる空間。
もちろん私も若くはない、その活気が「蜃気楼のような幻」であることは頭ではわかっている。
それでも、何かに「没頭」できることは非常に幸せなことである。
それが人の役に立てるのであれば、なおさらのことだ。

非常にいい経験をさせてもらった。
必要とされているところで、自分ができる必要なことをするありがたさをしみじみと感じた。

そんなわけで、私は決めた。

次の仕事は「自分を最も必要としているところ」で行おうと。
勤務地や給与は二の次だ。
とにかく「今すぐ私が必要だ!」というところで働くことに決めたのであった。

んなわけで、私の就職活動日記は続く。

さようなら。

水泳は人生だ

水泳教室に通いだしてから、年末に出しまくった履歴書のツケである面接ラッシュがやってきたり、突発的な頼まれごとをされたりで、思うようにプールに行けないということにようやく気づいた今日このごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、水泳教室。
変な泳ぎ方のクセがついているために、ある意味全くの初心者よりもタチが悪いような気がする。
ビート板を使ったバタ足は相変わらず1mmも進まず。
というか、むしろ後退するという才能を持っていることに気づいた。

腕のかき方や、息継ぎもアドバイス通りに行うとかえっておぼれてしまうと、症状はひどくなり、我ながらどうなってんだと頭を抱えたくなること多数なのである。

そして、言われることはどのコーチも共通している。

「力が入りすぎ」

そうなのだ。力が入りすぎているのである。
でも、力入れないと沈んじゃうんじゃないか。
いや、コーチを見ていると、脱力していても進んでいる。

もがき、苦しめば苦しむほど、前に進まなくなる。

ふと、思った。

「ああ、水泳って人生だなあ」

と。

そう、人生は壁という障害物をうまく超えていかなければならない。
水泳も、水圧という障害をうまく利用しなくてはいけない。

壁にぶち当たったり、水圧に抵抗するようでは、前に進まないのである。

中級コースの方に聞いてみた。
「25mを『きれいに』泳げるようになるまで、どれくらいかかりましたか?」
「うーん、半年ぐらいですかね。でも、あなたは若いし男性なので、もうちょっと上達が早いかもしれないですね」

水泳の道は1日にしてならずなのである。
ここであせると、精神衛生上非常によろしくないので、ゆっくり取り組んでいくか。
それ以前に、新しい勤務地にプール自体がないという悲劇も十分考えられるし。

とりあえず、今年の東川デビューは厳しそうだなあ、まずは美幌でお茶を濁すか。

さようなら。

水泳教室に行こう!

さて、「孤独のトライアスロン」とタイトルを変えてしまい、ほぼ、路線が修正不可能になりつつある今。
せめて「孤独のデュアスロン」ぐらいで勘弁しておけばよかったのではないかと思うのであるが、ガラガラのプールの雰囲気自体は嫌いではなく、水の中は心地よく、問題は「私がほとんど泳げない」という、ただそれだけのことである。

自転車に関しては、峠を含む100kmライドも速さは別にしてこなすことはできる。
ランに関してもフルを走れるぐらいのスタミナはある。
となると、強化すべきポイントは一つしかないわけで……。

そう、1月を「水泳強化月間」にするのだ!

「そんなことよりも、まず再就職だろ」という話もあるが、そういうことを心配したところで、仕事が向こうから舞い込んでくるわけはなく、別に1日24時間再就職のことばっかり考えるのも精神衛生上悪い。
きちんと、就業に向けての努力はしているわけだから(一応ハロワ通いはマメにして、面接の話もチラホラ出てきています)、空いている時間は「自分の力ではどうしようもないこと」にうじうじ悩むのではなく、ちょっとぐらいは好きなことに費やすのもありなのではないかと。

そう、逆に考えると、今が水泳をマスターする人生最大のチャンスなのだ!

んなわけで、41の誕生日を迎えた昨日、市民プールに行ったら、タダ券を2枚もらえた。

IMAG0037.jpg

別にこれは、誕生日プレゼントとしてもらったわけではなく、たまたま市民プールの分際で「新年抽選会」なる粋なものが行われていて、そのくじの結果ゲットしたものである。
結果的に私は昨日、マイナス一回分の料金でプールにつかることができ、大満足なのであった。

大満足なのであったが、泳ぎの技術の進歩は亀のごとく進歩せず、というかむしろ退化しているのではないかとすら思う。
泳げば泳ぐほど泳ぎ方がわからなくなり、足はずんずん沈んでいく。


私は性格的に「自分で考え、行動すること」が好きだ。
人にあーだこーだ言われるのがすげー苦痛な人間だ。
「人に物を教えること」は好きだが「人から物を教えてもらうこと」は嫌いだ。
だから、マラソンランナーは公務員ランナーの川内選手や、企業に属さない藤原新選手のような、一匹狼的な存在が好きだ。


しかし、ここで決断をするときが来た。
12月、10回ぐらいプールに行ったにも関わらず、泳げる距離は長くならず、むしろ短くなっている。
分析した結果、バタ足が致命的にダメだってこともわかっている。
しかし、どこをどう改善すればいいのかわからない。
自己流での限界が来たのである。

そんなわけで、41歳を迎えた日に決めた。

水泳教室に通おう!

IMAG0038.jpg

かくして、私は本日、スクールに清水の舞台から飛び込んだように駆け込み

「一番キョーレツなメニューのやつを頼む」

とフロントに宣言し、週4回、昼4コマ、夜2コマと計6コマの水泳教室に通うことにしたのであった。
(1コマの時間は60分)

今月は、そんな水泳教室の場面の紹介がメインになりますので、このブログに自転車やマラソンのことを期待している人は無理して読まないで下さって結構です。

さようなら。

2014年初ラン

2014年も無事に明けてしまい、今年も五体満足で生存していることに感謝しています。

と、私にしては謙虚な書き出しで、「おお、私も40を超えてすっかり人間ができてきたなあ」と自画自賛しているのであるが、正月3が日は何をしていたかと言うと

・実家にこもり紅白を見る
・寝る
・起きる
・食べる
・箱根駅伝見る
・初詣に行く
・食べる
・寝る
・起きる
・食べる
・箱根駅伝を見る
・寝る
・寝る
・ついでに寝る

と、すっかり堕落した人間になってしまい、恐るべしは実家という名前の「ダメ人間養成所」なのであった。

しかし、堕落していたように見えて、実際は箱根駅伝に出るようなトップアスリートのフォームを詳細に観察したり、水泳教本を見ながらイメージトレーニングをして、「よし!今度プールに行ったときは大丈夫だ!」という手ごたえは確実につかんだ。
問題は今度プールに行くのが一体いつなのかということだが、それについては「もうちょっとイメージトレーニングを積んで、気候が暖かくなってから」と本人が申しております。


さて、本日。

IMAG0031.jpg


外は氷点下3度と、氷の世界であって、寒さと女にめっぽう弱い私は、冬のアウトドア活動からは一線を引いたのであった。
それに対しては「気力と体力と金の限界」と、当の本人は申しております。
(ウインタースポーツは金がかかる)

ということで、暖房のきいた無料体育館でぬくぬくと走るワタクシなのであった。
基本インドア派のもので。

IMAG0032.jpg

スタートする。
箱根のように、前の走者からタスキを受け取るわけでもなく、そして、私の次にタスキをつなぐランナーがいるわけでもない。

それでも走る。
ただひたすら走る。
「一体何のために走っているのかしらん」と思いながらも、慣性の法則により一度エネルギーを与えられた私を止めることは誰にもできない。

すると、聞こえてくる。
ウォークマンで聞いていた、家入レオの「Shine」とともに聞こえてくるのだ。

北海道マラソンの沿道の歓声が

そうだ、危ない危ない、私が走っているのは全ては「北海道マラソンのため」なのであった。
そこの原点を忘れてはいけない。
チームメイトはそれぞれバラバラのところにいるが、チーム「かっぱちゃん」の一員として、タスキはないが、思いを共有し、また8月に再会するという重要な義務があったのだった。

体育館にはほとんど誰もいなく、非常に寂しい空間だが、それでも誰かが走ることを応援してくれているから頑張れる。

そんな2014年初ラン。

さようなら。

2013年 年末のご挨拶

私が「ブログ」なるものに手をつけ出したのは、今を思えば2006年。
今でこそ、無職のプータロー生活を送っていますが、その当時は「教員」なるエラソーな職業をやっておりまして、口下手な私が当時の学生たちに、学校では伝えることができないメッセージをブログで伝えられたらいいなあと思って始めました。
(当時のブログはさすがに今読むには耐えないレベルのものですので、消去しています)

その後、紆余曲折があって、何回かブログを引っ越したりしていろいろやってきましたが、ブログを始めた当時は、まさかこの駄ブログが一日200アクセスを超えるブログになるとは夢にも思わず(ホント2009年ぐらいまでは一日10~20アクセスぐらいの過疎ブログだったのですよね)、ただ「文章を書くことが好き」ということだけで続けてきました。

そんな過疎ブログだった状態だったところで、どういうわけかコソさんに目をつけられ、そんでもって店主Aさんにもバレてしまい、気がつけばそこからのネットワークであれよあれよという間に、リアルな自転車友もできたりして、全く世の中何が幸いするかわからない。
(でもって、一番最初に目をつけられたコソさんに、未だお会いしていないというところも私らしい)

やっぱり、大会とかで知らない人に「ブログ見てますよ~」と話しかけられると、ブロガー冥利に尽きるものがありますね。
自分から人に声をかけることができない、人見知りな私としては、「ブログ」を通じて多くの人と交流することができ、もしこういったツールがなかったら、きっと今でも一人で自己完結した自転車ライフを送っていたことでしょう。
そういう意味では、このブログをご覧になっている皆様にはいつも感謝しています。

そして、運のいいことに、基本的に「毒舌スタイル」な拙ブログにも関わらず、今まで一度も「炎上」という経験がなかったのは、ひとえに良識ある読者の皆様と、あふれるばかりの人徳を備えた私のおかげであると、しみじみ思うわけであります。
ああ、俺、いい人でよかったなあ(自分で言うな)。

えー、私、普段ブログで毒ばっか吐いているものですから、yosiさんと初めてお会いしたとき「え、意外でした。もっと悪い人だと思ってました」という言葉は今でも忘れられませんw


とは言え、やはりネットの世界は恐ろしいです。
数多くの「炎上」を目の当たりにした今となっては、自分の過去記事を読み返して、「これはまずかったなあ」とか「今読み直すと自分でも不快!」と思う記事が多々あったりします。
そう、私はブログやTwitterを日記代わりにして、とにかく自分の思ったことを外に示さないと気がすまない人間なんですよね。
別に反応があろうとなかろうとどうでもいいんです。
とにかく、一方的に自分の思いを伝えたい「自己本位」な人間なのです。
(そういう意味では、閉鎖的空間で相互にコミュニケーションを求められるmixiやFacebookは、私はすごく苦手です。一応アカウントだけはほったらかしにしてますが)

しかし、やっぱり「これ全世界に広げるのはどうよ」ってことを平気で公開するのはマズいと思い、体調を崩したのをきっかけにブログとは別に日記をつけることにいたしました。

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これがすごくいいです。
「ブログ」だと、どうしても「読んで面白がってほしい」という気持ちが強くなりますので、脚色を加えたりとか色々な装飾を行いますが、「日記」だと自分以外の人間は読みませんので、余計な装飾のない「そのまんま」の自分を素直に書くことができます。
寝る前の30分、自分自身と対話する時間を作っているという感じですかね。
他人に流されがちな私としては、こういう「自分との対話」を大事にしていきたいなあなどと思ったりするわけで。
「ムカつく!」って思ったときも、冷静に「自分と対話」することによって、一日の最後にはおだやかな気分になり、あまりにおだやかになりすぎて、日記を書いているうちに半分意識が遠のき、翌日「何じゃこの解読不能なエジプト文字は!」と思ったりすることもあったりする。

ひょっとしたらこの日記の中からブログネタが見つかるかなあと思っていましたが、体調を崩し始めたときは「長いひも状のものを見ると…(以下略)」などとあんまりシャレにならないことが書かれていますので、ここで公開することは差し控えさせていただきます。

せっかく日記を始めたことですし、大学ノートなんかじゃなくて、もっときちんとしたものに書こうと、生まれて初めてハードカバーの日記を購入いたしました。
明日からはこれに新しい自分史を刻み込んでいくのだ!

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2013年は転職したり、ちょっといい話があったり、いい話がなくなったり、転職したばっかなのに退職したりと、ジェットコースターのように乱高下があった年でした。

しかし、今の気分は「ゼロ」です。
堀江貴文さんの以下の本を読んで、いたく感激しました。


ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していくゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく
(2013/11/01)
堀江 貴文

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今のところ、これが私の2013年のベスト本。
もし、私と同じ年代で、私と同じような境遇にある方がいらっしゃいましたら、是非ご一読することをおススメします。
いいタイミングで、いい本に出会ったなあと。

そう、色々ありましたが、ようやく「ゼロ」に戻ることができました。
となると、2014年以降やることはひとつしかありません。

「ゼロ」に「イチ」を一つずつ足していくだけ

それでも人間ですから、ときどき引き算することもあると思います。
でも、そうなったら、また一つ一つ足し算すればいいんです。
やってはいけないことは「掛け算」や「絶対値への変換」だと、私の場合は思います。

日記というツールをうまく利用して、2014年は「プラマイゼロ、むしろプラ!」という感じでのらりくらりやっていきたいと思います。

では、皆様、よいお年を!
プロフィール

ごし

Author:ごし
泳いで漕いで走る人を目指します。
ベイスターズが好きです。
コメントフリーリンクフリーです。

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