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今度こそ、本当にさようなら。
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孤独のトライアスロン終了のお知らせ

それにしても世の中、一寸先に光があったり闇があったりで、この一年間、十年分ぐらいのスピードで駆け抜けたような気がする。
祇園精舎の金の声、諸行無常の響きあり。
「諸行無常」という言葉が、これほど身にしみた一年はないのではないだろうか。

去年の今頃は「里帰りして余生をゆったり過ごそう」などと甘い考えを持っていたが、そんな考えはtoo sweetなわけであって、気がつけば里よりも異国の方が距離的に近いところに住むことになるのだから、世の中はわからない。
もう仕方がないので、「わからない」を徹底的に楽しむぐらいの心のゆとりを持ちたいものだ。
「人間万事塞翁が馬」なのである。

10月に申し込んだときは、まさか転職することになるなどとは夢にも思わなかったので、当時申し込んだ2月の東京でのマラソン大会は、あっさりとDNSすることになった。
参加料はTシャツ代だと思うことにするよ。

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んでもって、12月からはタッチさんやKENさんをパクッて「トライアスロン路線」に転向しようとし、実際にプール通いを始め、水泳教室にも通い始めた。
水泳とは人生そのものであり、無理してもがこうとすると前に進まず、「まあ、泳げなくてもいいや。水の中を楽しもう」と肩の力が抜け始めてから、いきなりバタ足で前に進むようになり、亀のようではあるが、進化は見られている。
一緒に習っているおばちゃんから、「すごい、毎回うまくなっている」と言われているから、うまくなっているのだろう。
自分ではあんまり自覚がないが、確かに25m×4本をハーハーゼーゼー言いながらであるが、端っこまで一度も立つことなく泳げるようになったのだから、先月に比べるとかなりの進歩だ。
やはり、水泳はきちんとコーチについて習わんとダメだなあと。

しかし、そんな水泳教室であったが、突如私は来月より遠い地に旅立つことになってしまい、残念ながら本日をもって退会することにした。
スクール側から見ると、私は入会金無料、最初の1ヶ月の月謝半額というキャンペーンを利用しまくって、バハハーイと去っていく最悪の客なのであった(計算すると1回当りのレッスン料が400円弱なのね。これは我流で市民プール通ってた先月よりも安いわ)。

「8月のトライアスロンに向けて順調かい?」というコーチの言葉に、「実は今日で最後なんです」と言い出すことのできない小心者の私なのであった。

そこで問題となるのは、新しい地でのプール事情であるが、残念ながら6~9月までしか営業しておらず、恐らく水泳教室も望めるようなところではないだろう。
調べると稚内まで行けば、年中やっている水泳教室があるのだが、まずは仕事優先ということで、様子を見ながらプール通いを復活させたいが、ちょっと8月には間に合いそうにない。
水泳自体は続けたいのだが、「きちんと」泳げるようになるまでは、かなり時間がかかるだろう。

ということで決断。


トライアスロン路線は一旦あきらめる。


んなわけで、来月からはスノーターサー履いて外で走ったり、新居は鉄筋住宅なのでローラー台も使えるだろうと、ローラー台を購入し、ハムスターのように回しながら、春からの活動計画を練ることにします。
(どなたかおススメのローラー台がありましたら教えてください。集合住宅ですので3本はNGです)

そんなわけで、目標は未達成であり、非常に中途半端なところなのであるが、ブログコンセプトが完全崩壊した以上、このブログをこれ以上続けることはできず、これにて

The END

とさせていただきます。

色々迷走してきた拙ブログでありましたが、結局、迷走したままで、切れ味悪く、逃げるようにバハハイしたいと思います。

そろそろ放送時間終了の時間が近づいてきました。
新ブログの設置については、この後0:00より放送される「ごしスポーツ」でお送りしたいと思いますので、というかこのネタ前も使ったことなかったか?

また、皆様、サロベツの地でお会いいたしましょう。

さよなら、さよなら、さよなら。

(このブログ終わり)

ここが青山(せいざん)

私が乗った特急列車は音威子府を超えて、更に北へと進んだ。
宗谷本線は名寄から北の線路は高速化されていないので、こっからが長かったことよ。

そして、とある無人駅に停車したので、私はそこで列車から降りた。
さようなら、スーパー宗谷。

そこは牛乳がおいしいことと、温泉でほんのちょっとだけ有名な町だった。

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「旭川まで212km」の表示を見て、「俺も来るところまで来たなあ」と。

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中心部をウロウロ。
Aコープとセイコーマートと床屋と自転車屋を発見。
うむ、これだけあれば、生活には困らないだろう。
今後、私の体の成分はAコープとセイコーマートで構成されることになりそうな予感だ。

この町は以前に一回だけ行ったことがある。
私の学生時代のバイト仲間で教員になった人がいて、彼の最初の赴任地が正にこの町だったのだ。
んで、彼が教員になった年に「よーし、みんなで遊びに行くべ!」と、ゴールデンウィークのときに大人数で押しかけたのであるが、あれから十数年、まさかこういう形で、私がこの町にやってくるとは夢にも思わなかった。

当時の思い出は、温泉が灯油くさかったことと、100円かそんぐらいで牛乳飲み放題の店があって、調子に乗って3杯ぐらい飲んだら、帰りに下痢ピーピー状態で、数十キロ度に「すまん、トイレ行かせてくれ」とコンビニに駆け込んだことぐらいである。


テクテクと面接会場に向かいます。
通りいっぺんの質問があった後、あっさり採用決定。
こんなに物事うまく行っていいのかというぐらいに就職は決まった。
私の前々職時代に一緒だった人が、どういうわけかここに紛れ込んでいて、「この人なら大丈夫なんじゃない」と偉い人に言ってくれたらしい。
ああ、ありがたや。
人間どこでどうなるかわからんから、敵は作っておくもんじゃないな。
とりあえず、知っている人が一人でもいることは重要だ。
前々職時代は、その人とそんなに話をすることはなかったが、これからは仲良くやっていきたいものだ。

でもって、面接が終わってから帰りの特急の時間までかなりあったので、「温泉に行きたい」とリクエストしたら、わざわざ偉い人が6kmぐらい離れた温泉まで車で送ってくださった。
何というVIP待遇よ。

「この町にはタクシーが一台しかないから、もし帰りも必要だったら迎えに行きますよ」
と、ありがたいお言葉をいただき、温泉前で偉い人とは別れた。
さようなら、そして、これからもよろしくお願いします、偉い人。
ネットで調べたら、帰りの特急に間に合うバスがあるようなので、多分大丈夫だと思います。

風呂に入る。
うむ、あのときと同じで油くさい。
ああ、いいお湯だ。
これからはこの温泉が私のホームグラウンドになるのだ。

休憩室でゴロゴロして、館内に貼ってあるポスターを見る。
ほう、この町のファイターズ観光大使は、大野選手と榎下選手か。
よし、今年はこの2選手を全力で応援しよう。
大野よ、キミが新人のときのオープン戦で、当時ヤクルトにいた五十嵐亮太から決勝のホームランを打ったのを、神宮球場で見たことは今でも覚えておるよ。
あのときは「あーあ、五十嵐、こんな新人に打たれやがって」と思ったものだが、もうキミはファイターズの正妻だ。
今年は鶴岡の穴をしっかり埋めるのだぞ。
と、ファイターズファンでもないのに、ついついそんなことを思ってしまう。

食堂で「鹿肉カレー」を食す(650円)。
感想は可もなく、不可もなく。

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ごちそうさまでした。

さて、ここで帰りのことを考えた。
一応、バスが17:02から出るので、17:32発の特急に間に合うことには、時刻表上なっている。

しかし、問題はそのバスだ。
温泉始発だったら全く問題がないのだが、よーく調べると、なんとこのバスは、こっから100km以上は離れている留萌からやってくるバスだったのだ。
これって、もしかしたら、時刻表から大幅に遅れるパターン?
だって、日本海沿線をずっと走っていくわけだから、そっちの方はすげー吹雪って可能性もあるし。

この事実に気づいたときは16:30。
さあ、どうする?

歩くべ!

これからしばらくの間、付き合っていく町だ。
どんなものか、この目でゆっくり見て行こうじゃないか。

んなわけで、スーツと革靴という、まるで歩くには適さない服装で、ひたすら歩こうと思ったが、大体人間の歩くスピードって時速4kmぐらいだから、えっ、これ急がんとダメじゃん。

ええ、走りますわよ。
歩道はきちんとありますね。
冬用ランシューズ買って、この町に住んだら外で走り込みをしよう。

17:00ごろになると、日が暮れて真っ暗。
「うわー、心細い」などと、ちょっと後悔したが、それよりも特急に間に合うかどうかが重要なわけであって。
ジョグと早歩きを混ぜながら、テクテク進みます。
ああ、こういうの俺らしくていいなと。

さて、この町、実は私に住んでくれと言わんばかりの「自転車健康都市宣言」を行っている町なのである。
いや、人口5000人未満の町で「都市」ってどうよ?と突っ込みを入れたくなるが。

この町、毎年、自転車レースが開催されている町なのですよ。
町民代表として、S-5クラス(20km)で出てみようかしら。
怪我したくないし、周りに迷惑もかけたくないんで、最後尾でふらふらしながら。
今年のリザルト見たら、下の方の順位で40分ぐらいだから、そんなぶっちぎりでビリということもないだろう。

さすが「自転車健康都市宣言」の町だ。
途中でサイクリングロードを発見したが、しかし、カメラに納める余裕なく。
また雪が溶けたら会おう、サイクリングロード!

ハーハー、ゼイゼイしながら、何とか列車到着5分前に駅に着いたわよ。
ちなみに途中、留萌からのバスには遭遇しなかったので、バス待ってたらえらいことになっていたわね。

スーパー宗谷に乗り込みます。

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「人間いたるところに青山あり」
ちなみに、読み方は「じんかんいたるところにせいざんあり」です。
意味は以下の通り。

世の中は広く、死んで骨を埋める場所ぐらいどこにでもあるのだから、大望を成し遂げるためにならどこにでも行って、大いに活躍するべきであるということ。

正に「ここが青山」のつもりで、早速ですが、2月からこの地で頑張らせていただきます。

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さようなら、そして、これからしばらくの間よろしく!豊富町!

俺チャレの続き、そこは?

私が再就職について考えたことは、「札幌圏内はできればやめよう」ということだった。
その理由は?と聞かれたら、こう答えるしかない。

「まだ住んだことのないところに住んでみたかったから」

それだけですか?
はい、それだけです。

人生一度きりなんだから、色んなところに住んだ方が楽しそうじゃないかと。
確かに札幌圏内だと、知り合いも多く、色々活動するのに便利であるが、今はSNSとかで、距離が離れていてもコンタクトを取ることができるし、物理的な距離はさほど問題じゃないだろうと。

かと言え、今更道外に出る度胸は私にはない。
どっかからオファーがあれば、行ってもいいかとは思うが、自分の意思であえて北海道から飛び出そうとは思わない。
慣習とか色々内地はめんどくさそうだし。

でもって、今まで自分が住んだマチを復習していくと、岩見沢から始まり、室蘭、岩見沢、札幌、苫小牧、札幌、せたな、札幌、岩見沢と見事に振り出しに戻っている。
おお、何という進歩のなさよ。
もっと私は広く道内をさまようべき存在なのである。

今まで、道央圏と道南圏は経験してきた。
となると、次なるターゲットは「道北」「道東」となるのである。


ふと、私と同じ年で、札幌圏から離れて自転車活動をしている方を二人思い浮かべた。
一人は、このブログともリンクしている、美瑛でペンションを経営されているmasaさん
そして、もう一人は「知床サイクリングサポート」でサイクリングガイドとして活躍されている西原さんの存在である。

とは言え、私がペンションを経営したりとか、自転車ガイドを生業とするぐらいの気力も根性もない。
あくまで私ができることは、「サラリーマン」生活をしながら、ちょこちょこ自転車に乗って、ブログでその地域の魅力を伝えることぐらいである。
それでも、何となくブログを通じて、「ここ行ってみたいかも」と思わせるような記事を書いてみたい思いはある。


そんな中、とある道北の小さな町で「急募」の求人に心躍るものがあった。
こ、これだ!ここが俺の次のフィールドだと、昨日書いたように「直感」で判断した。
日本全国どこを探しても、その「急募」に応えることのできる人間は俺しかいないと。


さて、ここでまた話は変わります。
今のロードバイクを購入した年に、「自分はどこまで限界まで自転車を漕ぐことができるか」という「第一回俺チャレ」を敢行した。
ルートは、札幌から国道12号線で旭川まで行き、そこから国道40号線を果てしなく北に進み、最終のスーパー宗谷で輪行できるところまで北に行こうと思ったのであった。

まあ、暇だったら「第一回俺チャレ」の様子は、以下を参照してくださいな。
(今思えば、春志内トンネルを自転車で行こうとしたのは自殺行為だった。当時は迂回路の存在知らんかったもので、そこだけは絶対にマネをしてはいけない)

その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 その9

で、第一回俺チャレの結果はどうだったかと言うと、塩狩峠を超えて、音威子府まで266kmを休憩込みで17時間ぐらいかけて走り抜いたのである。


そして、唐突に話を戻すと、私が乗ったスーパー宗谷は、記念すべき俺チャレゴール地点である音威子府を更に超えて行くのであった。

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「俺チャレ」の続きはここから始まる。

さようなら、音威子府。

決断

私は理論的に物事を考え、感情的に行動するところがある。

例えば、電化製品を選ぶとき、価格.comや2ちゃんねるなどで、詳細に製品の性能と価格を比較検討し、「よし、これだ!これがこの価格で売っていたら買いだ!」と理論的に考える。
しかし、いざ実際に電気屋に行ってみると、若くてかわいいおねーちゃん店員に勧められるがままに、全然違うものを購入し、頭を抱えること多数なのである。
くそー、電気屋め、どーせならコワモテのいかついにーちゃんでもつけんかい!
いや、それはそれで、押しに弱い私は買わされるのだろうが。

とまあ、そんな感じで、理詰めで考えたことを一時の感情でひっくり返し、更にその感情を理詰めで納得させようとするのだから、たちが悪い。
いつまでも悩み続ける人間の悪いところですね。
素直に「自分は感情でバーっと動く人間だ」って認めちゃえばいいのにね。


で、本題である再就職活動の続きです。

さすがに私も40を過ぎた人間なので、若いときに感じた「無限の可能性」というものはすでにない。
若いときはAもBも、そんでもって最終的にはCもって感じで、欲望が渦巻くこと鳴門海峡のごとしだったのであるが、大人になってくるとAを選んだらBを捨てなければならないなどと、可能性は限られてくるわけで、その中から自分が納得行く選択を理論的にしていく作業が必要になってくる。

今、自分が持っている能力、そして、今後の能力向上の可能性をどこまでのラインに持っていけばいいのか。
どこまでの収入なら生活に耐えられるか。車なしの生活も視野に入れなければならないか。
もし生活に不便な地方に住むことになれば、どこまで都会の利便性を排した生活を送ることができるか。
そう言った「理論的」な考えが必要であることは、よーくわかっている。

実際、12月中は、何パターンかのライフスタイルを考え、それぞれの職場で何が求められているのか、自分はその中でどういう立ち位置で振舞えばいいかを検討した上で、やたらめったら履歴書を出しまくるぐらい、自分は単なる節操のない奴だということを発見した。

そして1月。

夜の水泳教室から帰ってきて、ネットで求人情報をチェックすると、ある一件の求人広告が激しく私のパッションを刺激した。
12月中にグダグダ理屈で動いていたのが嘘のように、「感情」で判断した。

ここが自分を呼んでいると。

そんなわけで、真夜中に採用担当者にメールをすると、翌日に速攻で「履歴書送れ」とレスが来て、パパッと書類を仕上げ、速達でマッハゴーで郵送した。
すると、採用担当者から「週明けに面接する。とにかく来てくれ」とTelがあり、気がつけば私は特急の往復券を買って、雪がしんしんと降る岩見沢駅の6番ホームにたたずんでいたのであった。

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特急列車に飛び乗り、車窓からの雪景色を眺めながら、私は北へ北へと進んでいくのであった。

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一旦、さようなら。
プロフィール

ごし

Author:ごし
泳いで漕いで走る人を目指します。
ベイスターズが好きです。
コメントフリーリンクフリーです。

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